藻を「ゲルに閉じ込めて動かす」発想が、バイオ燃料の採算を変えるか
ニュースの概要
中国農業科学院の研究チームが、微細藻類を多孔質のハイドロゲルの中に固定して育てる新しい培養技術「SLIM」を発表した。藻を液体の中で泳がせる従来の方法とは違い、藻を抱えたゲルそのものを、栄養が豊富な環境と、塩分や窒素が乏しい環境の間で移し替える。窒素が足りなくなると藻は細胞の中に油をため込む性質があり、その切り替えを精密に行うことで、脂質の含有量は従来法の5.8倍に達したという。燃料向けの藻類培養は長く採算の壁に阻まれてきた。今回の成果は、その壁のうち「油をためさせる工程」に切り込むものだ。
引用元: 中国研究チーム、マイクロ藻類のバイオ燃料脂質生産量を5.8倍に高める手法を発表(ThePrint)
分析・見解
液体培養を捨て、藻を固定するという逆転の発想
微細藻類から燃料用の油を得る研究は、半世紀近く続いている。1970年代の米国の水生生物プログラムでも、有望な藻が数多く調べられた。ところが実用化の壁はずっと同じ場所にあった。藻を増やす工程と、油をためさせる工程が両立しにくいのだ。
藻は窒素が十分あると元気に増える。反対に窒素が不足すると増殖を止め、油をため込む。従来の液体培養では、培養液を丸ごと入れ替えるか、遠心分離で藻を集めてから別の液に移す必要があった。この移し替えに、多くのエネルギーと手間がかかる。
SLIMは藻をゲルに固定することで、この移し替えを「ゲルを持ち上げて別の槽へ置く」作業に変えた。ここが最大の工夫である。
5.8倍という数字をどう読むか
油の含有量が5.8倍になったという数字は、目を引く。ただし読み方には注意が要る。これは「細胞や培養材の単位あたり」の増加であり、設備全体で燃料が5.8倍とれるという意味ではない。
藻は窒素不足になると油をためる代わりに、増える速さが落ちる。そのため、含有量が増えても、一日あたりの総収量が同じ比率で増えるとは限らない。実験室の小さな規模では良い結果が出ても、大きな設備で光が均一に当たるかも別の問題だ。
評価するときは、含有量だけでなく、面積あたりの年間収量、ゲルの寿命、繰り返し使える回数をあわせて見る必要がある。
本当の勝負はゲルの耐久性と製造コストにある
藻の油の製造コストは、現状では化石燃料由来のものより数倍高いとされる。実用域に入るには、1リットルあたりの原価を大きく下げなければならない。
ゲルを使う方式には長所がある。藻がゲルの中に留まるため、培養液を濃縮する工程が減る。藻が外へ漏れにくく、他の微生物の混入も抑えやすい。培養液の使用量も絞れる。
一方で短所もある。ゲルは劣化し、表面に汚れが付く。ゲルの材料費が燃料の原価を押し上げれば、せっかくの利点が消える。農業用の吸水性ポリマーのように安く大量に作れる素材で代替できるかが、鍵になるだろう。
燃料だけでなく、高付加価値品の工程にも使える
見落とされやすい点がある。この「段階的に栄養を切り替える」仕組みは、燃料だけに限らない。藻にはアスタキサンチンやDHAなど、窒素ストレスで増える有用成分が多い。化粧品や健康食品向けの成分は、燃料より単価が桁違いに高い。まずはこちらの分野で採算が取れ、そこで磨いた技術が燃料に降りてくる、という順序が現実的だと考えられる。
ビジネスへの影響
燃料メーカーは「原料」ではなく「工程設計」を見るべき
航空燃料や再生可能ディーゼルを手がける企業にとって、藻類は有望な原料候補であり続けてきた。ただ、今回の発表で見るべきは5.8倍という数字そのものではない。培養の工程をどう組み替えれば、エネルギーと手間を減らせるかという設計の考え方である。
自社で研究を持たない企業は、大学や研究機関との共同試験に小さく参加する形が妥当だ。数十リットル規模の検証で、ゲルの寿命と原価の見通しを自社の条件で確かめられる。成果が出る前に大規模投資をする必要はない。
藻類事業者は用途の順番を入れ替える好機にある
すでに食品や化粧品向けの藻類を扱う事業者には、この技術が追い風になりうる。窒素の切り替えで有用成分の含有量を高められるなら、同じ設備で得られる製品の価値が上がる。燃料向けは、副産物の利用や二酸化炭素の固定による収入と組み合わせて採算を探るのがよい。
実務では、三つの指標を見てほしい。面積あたりの年間収量、ゲルの交換頻度、そして乾燥や抽出にかかるエネルギーである。この三つが開示されない発表は、まだ実用の話ではないと割り切って構わない。
投資家や提携先を探す側は、論文の成果と事業の採算を分けて説明できる資料を用意しておくと、話が早く進む。